『世界を変える偉大なNPOの条件』-3-

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今回からしばらく、
NPOの協働、ネットワークのありかたについて、
原則と事例両方のアプローチの一環として、

『世界を変える偉大なNPOの条件』(以下、資料と記載)を、
題材に考えていきます。

今回は、前回に続いて、偉大なNPOが持つ6つの原則のうち、
「原則1:政策アドボカシーとサービスを提供する」をとりあげます。

サービスが先か? アドボカシーが先か?

前回、偉大なNPOは、

地域サービス「と」アドボカシーの両方を行い、
 この2つの活動を結び付けている、という話をしました。

では、サービスとアドボカシー、
どっちから先にはじめたか、気になりませんか?

当然、以下のパターンに分かれます。

(1)サービスから始め、その後アドボカシー活動を加える
(2)アドボカシーから始め、その後サービスの提供を加える
(3)最初からサービスとアドボカシーを組み合わせる

個人的には、圧倒的に(1)のパターンが多いだろうと思うのですが、
資料によると、全てのパターンがあるようです。
でも、やっぱり(1)パターンが多いようですね。

(1)のパターンは、ある意味で、
きわめて自然な流れですよね。

活動を続けていると、社会課題の根本要因に、
行政のシステムの不備とか、法律の不備とかがあることに気づく。

たとえば、発達障害を持つ子の親の会といった場合、
最初はたいてい親同士の茶話会から始まるけど、

やがて、発達障害の子どもたちが受け入れられない学校システムや、
その支援体制の不備が目立つようになる。
そこから、教育委員会に対する改善要望をすることになる。

さらに進んで、発達障害者手帳の創設のためのアドボカシーや、
あるいは発達障害者のための就業支援のために、
労働基準法改正といった活動に進んでいく。

個人的には、フローレンスといった、
日本で地域サービスとアドボカシーの両方を行っている有名なNPOは、
全部パターン(1)ではないかと思いますね。

その点で、サービスを行っている団体にとって、
 「アドボカシーを始めるのに、遅すぎることはない」といえます。

(2)のパターンは、資料に紹介されているのは、
シンクタンクが、自分たちの調査を確実にするために、
サービスの提供も始める、といったパターン。

このやり方は、

「実現させたい影響力の大きさに比べて
 組織の規模が小さいときには、特に効果的である。」

と資料で指摘しています。
(3)のパターンは、相当戦略的にやらないと、
この発想には至りにくいのでは? と思います。

ただ、資料が出版されたので、
最初からこのパターンを目指す、ある意味野心的なNPOも、
今後増えていくことを期待します。

俯瞰を断つ直視の眼パラドックス1 ~アドボカシーの難しさ~

資料では、

「アドボカシーとサービスの両方を行うNPOには、
 いずれか一方の活動を行うNPOとは比べ物にならないほど、
 多くの問題が生じる。」

と記載されています。
では、具体的にどのような問題が生じるのか?
そして、それはなぜなのか?

このことを考えていく上において、資料の説明に加えて、
以前取り上げた「俯瞰を断つ直視の眼パラドックス」を交えながら、
考えていくことにします。

この場合は「俯瞰視点=分析=アドボカシー」「直視=共感=サービス」と、
捉えることができるでしょう。

資料では、アドボカシーとサービスの両方を行う問題について、
以下の点が挙げられています。

・政治志向を強めすぎると、企業からの支援を失う
・大事なボランティアスタッフや寄付者が離れるリスクがある
・そもそも、アドボカシーの管理が難しい

ま、政治志向という点は、分かりやすいですね。
アメリカ以上に、日本ではそうした面は強いでしょう。

第一、ボランティアやNPO業界では、
「政治的、および宗教的活動は厳禁」がうたわれていますしね。

じゃ、アドボカシーやっちゃダメじゃん! というのはあまりに早計。
この点については、詳しくは次回取り上げます。
問題は、ボランティアスタッフや寄付者が離れるリスク。

ボランティアスタッフや寄付者が直視視点だと、
 典型的な俯瞰視点であるアドボカシーって、
 正直「気持ちがのらない」のですよ。

むしろ、「そんなことをしてるくらいなら、目の前の受益者を救おうよ!」
となりがちですよね。

医学的にも「脳は他者への共感と分析的思考を両立できない」のだから。
http://goo.gl/eY7w8

資料でもその辺の葛藤が生々しく描かれていて、
理事会の意見が真っ二つに分かれて調整に非常に苦労したとか、
そういった現場の苦労が描かれてます。

あと、アドボカシーそのものが難しい。
資料では

「型にはまった活動ではなく、複数の目標を追いながら、
 競合する分野でさまざまな役割を演じなければならず、
 大きなリスクを背負うことになる。」

「アドボカシー活動は他の組織と連携しなければならない場合が多く、
 成功が何によってもたらされたのかを明らかにするのは難しい。」

と記載されています。

もう少し具体的な書き方をすれば…

・いろんな議員や行政の担当者などの交渉にて、
 交渉のたびに、相手に協力してもらうための落としどころを、
 見出す必要がある。

・キーパーソンを見出すのが難しい

・議員への交渉の場合、政権交代するとパァになる可能性もある。

・アドボカシー活動は数の力によるところが大きく、
 様々な団体と連携する必要があるが、
 その連携がうまくいかない。

→例えば、発達障害者の子どもの親の会の場合、
他の障害者団体との連携が必要になるかもしれない。
でも、相互の障害について無理解だと、
連携しようという気にならない。

…こうした、様々な問題があります。

俯瞰を断つ直視の眼パラドックス2 ~社会起業家の罠~

資料では、アドボカシーを考慮に入れず、
ただサービスのみを考えていると、
「社会起業家の罠」に陥る可能性があると、警告しています。

ここでの「社会起業家の罠」とは、

「自らの組織の専門技術や能力をてこにして一つの分野を築いたり、
 政策決定やもっと広範な社会変革への影響力を行使しようとしたりするのではなく、
 自分たちのサービスの改善や拡大だけを目的とする」

こうした状態のことです。

この「社会起業家の罠」、
3つの側面からとらえることができそうです。

(1)「イノベーションのジレンマ」社会起業版
(2)半径5メートルの世界観
(3)あえて視野を狭めないと「燃え尽き」てしまう

まず、ここでは「イノベーションのジレンマ」を、

「顧客の意見に耳を傾け、さらに高品質の製品サービスを提供することが、
イノベーションに立ち後れ、失敗を招くという考え方」くらいに定義します。

NPOの場合、受益者側も、
「私たちに寄り添って欲しい」という、
受益者側の「俯瞰を断つ直視の眼パラドックス」が強く働きます。

一般的な製品、サービス開発だと、顧客の意見は
「こうなったらいいなぁ」程度のレベルですが、

社会的弱者のサービス要望は「こうしてくれないと大変!」くらいのレベル。
切実度がぜんぜん違います。

それに対するNPO側も、「目の前の受益者を何とかしたい!」という、
NPO側の「俯瞰を断つ直視の眼パラドックス」が強く働きます。

結果として、
「顧客の意見に耳を傾け、さらに高品質の製品サービスを提供すること」
この傾向に拍車がかかりがちです。

で、アドボカシー等で社会構造を変えるという、
ある種のイノベーションに立ち遅れてしまう。

加えて、半径5メートルの世界観に陥ったりすると、
安易に「自分たちのサービスの改善や拡大=社会を変える」になりやすい。

(3)の燃え尽きについてですが、
これは、俯瞰視点に立ったときに、

「本当に、これで社会課題が解決できるの?」
「こんなことして、本当に意味あんの?」

という葛藤に通じます。
これは、本当に、本当に苦しい葛藤です。

以下に、NEWVERYの山本さんの、率直な記事を紹介します。
個人的に、読んでて、ものすごく心に響きます。

たぶん、自分なりのレベルではありますが、
同様の心境であるからなのでしょう。

“40歳までの宿題:社会起業家の燃え尽き症候群とニヒリズムからの回復”
http://blog.livedoor.jp/kotolier/archives/51850915.html

一生懸命頑張っても、社会が変わる手応えを感じない。

多くの人から

「そんなことして、意味あんの?」と言われ、

「こうした方がいいんじゃない?」という、
そうなのかもしれないけど、
自分では腹に落ちないことを言われて否定される。

そして、人から言われる回数の、
その数万倍の回数で、
同じ質問を自問し続ける。

それを繰り返せば繰り返すほど、
燃え尽きが悪化していく。

燃え尽きていると、
「こんなことしても無駄だ」
「こんなことしてないで、もっと金を稼げる仕事、方法を考えたらどうだ」

という、ある種のニヒリズムが出てくる。
何をやっても、「くだらない」となり、
「くだらない世の中だ」と、何かにつけて口走る自分がいる。

でも、ニヒリズムの声に素直に従えない自分がいて、
それに抗おうとすると、心に余裕がなくなる。
そうなると、言動がきつくなるのはいい方で、
感情がパンクして、何もできなくなる。

…山本さんの記事を、
自分の心情に置き換えてそしゃくすると、
こんな感じになるのでしょう。

で、山本さんは、

「これを断ち切る一番良い方法は、敢えて視野を狭くすることだ。
 見えているものしか見ない。イマ・ココに集中すること。
 そこで充足感を得ること。
 言い換えれば、強い思い込みである」

と書いています。

これは、これまで述べたのとはまた別の形の
「俯瞰を断つ直視」パラドックス、ですね。

山本さん自身は、これが苦手だと書いています。
それはまさに、こうした態度が社会起業家の罠だからなのでしょう。

でも、そうしないとやってられない人も、
少なくないと思います。
だからこそ、社会起業家の罠は、抗いがたい誘惑となるのでしょう。

…もちろん、ある時期においては、
自分たちの足場固めが必要な時期もあります。

また、「こんなことして、意味あんの?」という葛藤から逃れたい。
これは、当然の思いであり、それを否定することはできません。

それでも、自分たちが何をしたいのか、という原点に立ち返るならば、
自分たちのサービスの改善や拡大だけではレバレッジが利かない。

資料では、以下のように釘を刺しています。

「確かに、どの組織にも成長段階によっては、
 組織内の能力を高めてサービスに磨きをかけるべき時期はあるが、
 もっと重要な大義を前進させる活動を犠牲にしてはいけない。」

…次回は、政策アドボカシーを成功させる、
5つの原則について紹介します。

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