関心のズレからくる対立を超えていくには?

今回は、前回に続いて、
非営利組織で分裂がおきる理由を考えてみます。

今回は「関心の相違」から考えていきます。

ボランティア、NPOで対立が起こるまでの流れ

今回の記事のベースになるのは、以下の記事。

“会議をしている場合ではない! 震災復興と企業改革はスピードで臨め”
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120621/233634/?P=1

この記事の中に、興味深い指摘があります。

1.対立というのは必ず
  良いとか悪いといった「価値」を巡る対立でもある
    ↓
2.あらゆる価値は関心に応じて決まる(関心相関性)
    ↓
3.関心は、きっかけになる体験によって決まる(契機相関性)

つまり、3→2→1の流れに従って、
組織内対立が発生してくることになります。

しかも、ボランティアやNPOの場合、

「みんなが正しいことをやっていると考えています。
 少なくとも間違ったことはしてない、という確信があるわけですね。
 そうすると自分は悪くないから相手が悪いとなってしまう。

 同じと思い込んでいるけど、実は1人ひとり体験が違うから、
 価値判断が対立してしまうんです。」

「対立した時に、自分は正しいことをやっているという思いが強いと、
 相手が間違っていると考えるしかなくなってしまいます。
 しかし、犯人はどこにもいないんです。」

といった状況に陥りやすい。
結果として、

「だから、ボランティアとかNPOといった団体は内部崩壊しやすい」

と指摘されています。

その人にとっての価値を決定づける「関心相関性」

もう少し詳しく見ていきましょう。
まずは「関心相関性」について。

記事によると関心相関性は、以下の特徴を持ちます。

・普段は関心を自覚することがないため、
 関心自体を相対化して、対象としてとらえることが難しい

ボランティアでいえば、
「なんで自分はボランティアに、あるいは特定の社会課題に関心があるのか」
それを自覚して活動しているかといえば、そんなことはない。

自覚がないため、

「なんでボランティアでないとダメなのか。他のやり方はないのか」
「なんで私がその社会課題に取り組まないといけないのか」

などと、関心を相対化することも難しい。

野球ファンでいえば、

「なんで自分は広島カープファンなのか。アンチ巨人なのか」
それを自覚している人は、どれだけいますか?

そうなると「なんでソフトバンクとかではダメなのか」とか、
関心を相対化するのは難しいですよね。

・関心の高さはこだわりの強さにつながる。
 差異に敏感になり、「何が一番よいのか」と考える

ボランティアでいえば、

「例えば、ボランティアに携わる人がほかの団体を批判するのは、関心が高いからなんですね。
 ちょっとした違いが許せなくなるのでしょう。」

といった状況になる。

けれど、人は「関心がないことには寛容」なので、
外野からすればどうでもいい。

AKB48や野球ファンについて考えてみても、
音楽ファンや野球ファンからすれば、

やれ「AKBのセンターはうんぬん」「AKB48の音楽はなんでこれが1位?」とか、
「広島カープのあの選手はどうこう」「監督はどうこう」とか、
真剣な感じで話してるわけですよ。

もう「下手に口を挟むとたたっ斬られる」くらいの勢いですよね。

でも、私はAKB48もプロ野球も関心がないので、
AKB48の誰が恋愛してようが、どの球団が勝とうが負けようが、
非常に寛容な姿勢でいられます。

各人ごとの「現場」で決まる「契機相関性」

続いて「契機相関性」。

記事での例でいえば、

A.避難所担当の人が被災者の話を聞いて、大変なんだなと感じる。
B.後方支援担当だと、支援者の人からの声が届きます。

Aの立場からすると、
例えば「いかに早く支援物資を届けるか」「いかに被災者にとって必要な物資を届けるか」
こうしたことに関心がいきますよね。

でも、Bの立場からすれば、
「いかに無駄遣いせずに支援物資を届けるか」「いかに支援者の真心のこもった物資を届けるか」
こうしたことに関心がいきます。

こうなると、たとえばこんな対立が起きることがありえます。

B「支援者から、丁寧な手紙つきで食料を頂いた。これを届けなくては!」
A「でも、その食料は、被災地では今は飽和しているから届けても喜ばれない!」

B「お前は、支援者の真心を踏みにじるのか!」
A[お前は、被災者のニーズを考えているのか!」

十分あり得そうなシチュエーションですよね。

この「契機相関性」は、いわゆるセクショナリズムのきっかけになります。
記事でいえば「製造と営業の対立」ですね。

製造の現場だと、契機は「商品を何より愛する上司」「製品そのもの」。
そこから関心は「いかに品質面などでよい製品を作るか(コストは度外視しても)」。

営業の場合、契機は「お客様」。
関心は「いかにお客様に喜んでもらう製品を売るか」「いかに利益を上げるか」

それぞれの立場では最善を尽くそうとしても、
結局対立の火種があちこちで転がっていることが分かります。

ボランティアやNPOでも、
上記の「受益者に直接接する立場」と「後方支援」以外にも、

・受益者が複数の場合、部署や担当ごとの対立が起こりうる

「障がいを持つ子どもの支援」というとき、
子どもの立場に立つ担当者と、親の立場に立つ担当者と、
あるいや先生の立場に立つ担当者がいたら、
それぞれの対立が起こりえます。

・受益者が明確でない場合

「まちづくり」の場合だと、
地域文化の保全とか、地域交流とか、地域の経済発展とか、
活動しているうちに様々な契機がうまれ、
それぞれの契機に触れる担当者の関心が変化していく中で、
対立が起こりえます。

関心のズレからくる対立を超えていくには?

営利企業の場合だと、究極的には
「いかに利益を上げたか」という分かりやすい指標があるため、
そこから対立の妥協点を見出すことができます。

非営利組織の場合、その指標を見出すことが、
非常に難しい。

ビジョンやミッションが明確でないと、
もちろんこうした対立を収拾することは難しいのですが、
ではビジョンやミッションが明確ならば、こうした対立が起きないかといえば、
そんなことはないわけです。

逆にみんなが「○○のために!」といって、
ミッション達成のために主体的に行動しているからこそ、
関心のズレに気づきにくいこともある。

「ボランティア団体の場合、みんなが正しいことをやっていると考えています。
 少なくとも間違ったことはしてない、という確信があるわけですね。

 そうすると自分は悪くないから相手が悪いとなってしまう。
 同じと思い込んでいるけど、実は1人ひとり体験が違うから、
 価値判断が対立してしまうんです。」

では、こうした契機→関心のズレからくる対立を解決するには、
どうしたらよいのか?

一番手っ取り早いのは、「しがらみのない外部の人間に頼る」
企業でいえば、コンサルタントですね。

広島カープのあり方でファン同士の意見が対立してたら、
野球ファンでない人間に客観的なアドバイスをしてもらったほうがいい。

ただ、その辺のおっさんがアドバイスしたところで、
「お前に言われたくないんだよ!」となるのがオチなので、
「この人の言うことなら納得できる」という外部の人間であるところがポイント。

企業であれば「コンサルタント」という肩書きで、
なんかその辺を受け入れるところが多いのですが、
非営利組織においては、その辺が課題になってきます。

その点で、プロボノの実績が増えてくれば、
プロボノメンバーによる客観的な指摘を受け入れられるようになる、
ボランティアやNPOも増えていくことでしょう。
あと、理想論を言えば、

「リーダーが日ごろからメンバーとのコミュニケーションをとって、
 メンバーそれぞれがどこに関心があるのかを理解する」

ただ、なかなかマンツーマンコミュニケーションをとる時間もないと問題に加え、
そもそも非営利組織のリーダーは、ほとんどがプレイングリーダーであり、
そのためリーダーの「関心」も特定の立場に片寄ることが多い。
結局、関心からくる対立を超えることは難しいのが現状です。

結局、できることといえば、

「ミッション実現のための手段は、どれが最善か?」

このことを、それぞれの関心をぶつけあって、
より建設的な手段を見出すために、
議論を繰り返すことなのでしょう。

あとは、本音をいいあえる親睦会を定期的に開催して、
そこから出てくる様々な意見や不満に対して、
リーダーが腹をくくるしかないのでしょうね。

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