非営利団体が分裂する理由=宗教が分裂する理由

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これまで、組織の協働、事業提携の難しさについて、みていきました。

今回は前々回に続き、

「なぜ、組織は、とりわけ非営利組織は分裂しやすいのか?」

について、ふれていくことにします。
前々回は企業内分裂について考えましたので、
今回からは非営利組織について。

傾向として、非営利組織のほうが、
営利組織よりもはるかに分裂がおきやすいといえます。

以下に、その理由を考えてみます。

・「宗教との近似」から考える(広い意味で言えば宗教も非営利組織ですが)
・「関心の相違」から考える
・というより、そもそも非営利組織は流動性が高い

宗教は、なぜ分裂していくのか? -NPOとの共通点-

昔も今も、宗教は分裂と分派化が多いです。

キリスト教の歴史は、異端弾圧と、
トップへの異議申し立てによる分派(専門用語で「シスマ」といいます)。
この繰り返しの歴史といってもいいでしょう。

もちろん、こうした傾向はキリスト教に限りません。

なんて、宗教に分裂がつきものなのか?
理屈で言えば、宗派内であれば、同じ神的存在を信じてんだから、
基本は、宗派内であれば、むしろ統合されてしかるべきでは?

実際のところ、分裂のきっかけは以下のケースが多いようですね。

・後継者問題

ま、これはあらゆる組織でそうなんですが。
企業だって、後継者問題が、
派閥闘争の最大の華ではないでしょうか?

規模が小さいと、息子に継がせるか、部下に継がせるか、
息子だと、どの息子に…
といった感じで、分裂の火種がまかれます。

加えて、この問題の難しいところは、
後継者に「ふさわしいか」という問題が出てくること。

企業の場合でも、この「ふさわしいか」の問題は十分難問です。
ただ、宗教の場合は、その正当性の担保が難しい。

企業だと、「実績」が担保として十分なのですが、
宗教だと実績だけでは担保として厳しい。
多分に「人格的要素」が、企業では考えられないくらいに問われます。

もちろん、NPOとてこの問題は心してかからないといけません。
ドラッカーも、『非営利組織の経営』の中で、この問題について、
数ページを割いています。

結論は、現リーダーは後継者問題については、意見は出しても、
 決定はしてはいけない、というもの)

ただ、この問題はメンバー間で納得感を共有するのは、
簡単ではないといえます。

そんなわけで、NPOや市民活動団体の場合、
後継者問題についてもめた挙句、
 居酒屋でけんか別れして、
 そのまま団体が2つに分かれる、なんてことが、
結構起こりえます。

・解釈の問題

これは「経典の解釈」と「神的存在の解釈」と、
2つの問題に分けられます。

ほとんどの宗教の場合、経典と呼ばれるものは、
あまりかっちり書かれたものは少ない。
というより「○○して生きようね」「○○しちゃだめだよ」的な、
道徳のお話がほとんど。

ベースがこうしたお話である以上、
それをどう解釈するかなんて、人それぞれではないですか?
時代が経つと、また解釈も変わってくるわけで。

まして、目に見えない「神的存在の解釈」となると、
もう何とでもいえるわけですよ。
NPOの場合だと、「神的存在」のかわりに、
ミッションとかビジョンになります。

「経典の解釈」は、「社会課題とか社会的弱者の解釈」といっても、
いいのかもしれません。

設立者がミッションとかビジョンに込めたものと、
メンバーがミッションとかビジョンに共感する内容が、
全く同じになることはありえない。

また、社会課題、とりわけまちづくりといった、
実体がつかみにくいものになると、
社会課題の解決について、その解釈がメンバー間で全く同じになるとは思えない。

どこかで、そうしたズレが顕在化するときがきます。
最たる事例は、「新しい活動を始めるとき」。
ここで、そのズレは「活動方針の違い」となって現れます。

そんなわけで、NPOや市民活動団体の場合、
自分たちの活動についてもめた挙句、
 居酒屋でけんか別れして、
 そのまま団体が2つに分かれる、なんてことが、
結構起こりえます。

・代表の資質の問題

上記で挙げた「シスマ」は、要は

「あなたはトップとしてふさわしくない。このトップのほうがいい」
という対立です。

企業の場合、トップ交代は企業実績によるものが中心。
あとは、不祥事関係でしょうか。

宗教の場合、さっきも書きましたが、
トップの資質は人格面とか多面的なものが問われるので、
結構荒れがちです。

ただ、NPOや市民活動団体の場合だと、
トップの資質については、
イロイロと突き上げはあったとしても、
それで組織が分裂する、というケースは少ない気がしています。

この場合だと、代表が突き上げに絶えられなくなって、
 居酒屋で一人酒を飲んだ挙句、
 最終的に代表離脱を決意する、というパターンに落ち着きそうです。

○NPOと宗教団体との共通点

個人的には、NPOや市民活動団体は、
宗教団体と似たような側面があると思ってます。
(広い意味での非営利組織に宗教団体が入るから、当然といえば当然ですが)

それは、組織内分裂の様相が宗教団体と似てくる、というのもそうですが、
組織間においても、そうした傾向はあるのではないか、と思ってます。

別に、宗教団体ほど宗派間対立は激しいとは思いません。
ただ、以下のような傾向はあるのではないかと。

・「(自分の担当する社会課題において)私は一番、あなたは二番」と思ってる

社会課題の解決に向けて、同じような社会課題に取り組む団体同士が、
ある種の競争を行うことは、よい傾向だとは思いますが、

どこかで「私は一番、あなたは二番」という思いがないでしょうか?

これだと、「世界を変える」とかいっても、
非常に狭い視野での取り組みにならざるを得ないでしょう。
まして、こうなると協働は難しいのではないでしょうか。

こうした傾向は、よほど超宗教、超党派を意識している宗教でない限り、
ほとんどの宗教団体が「私は一番、あなたは二番」と確信してるのと同じです。

「あなたが一番、私が二番」となれば、
もう少し宗教対立も減りそうなものなんですがね。

・「(自分の担当する社会課題において)自分たちだけで十分だと思っている」

自分たちの神さえいれば問題なし! 的なありかたですね。

ま、これは宗教団体の特徴というよりも、
日本の組織に多く見られる傾向なのかもしれません。

要は、異質なものを集めて問題解決しようとしない。
同質な組織内で、問題解決しようとする。

「(資金面以外は)自分たちだけで何とかしていこう!」という団体は、
かなり多いのではないでしょうか。
現時点では、P-SONICだってそうなわけで、
人のことをどうこういえる立場ではないことは分かっていますが。

最後に

ま「宗教団体=うさんくさい」くらいの昨今、

この記事をNPOや市民活動団体関係者が読んだら、
「自分たちを宗教団体に似てるとは何事か!」と憤慨される方も、
多いのではないでしょうか。

でも、最近では緩和されているとはいえ、まだまだ、
「NPO=うさんくさい」という向きもあります。

かつ、自分たちのあり方次第で、
いつでも「うさんくさく」とられてしまう可能性だって、
NPOや社会起業家は強く持っています。

それに、個人的には、
大半の宗教団体は、自らの信ずるところに従って、
意義のある活動をしているのだと思っています。

それが伝わらないというのは、
「いいことやっていればいい」という、
 NPOにありがちな誤解と似たような構造なのでしょう。

ま、宗教団体の中には、
教義が秘匿されている「秘すれば華」タイプも多いので、
伝わらないから悪いわけでもないのですが…

おまけ

今回の文章を見る人の中から、
「NPOが分裂するのは、いつも居酒屋かい!」
というツッコミがありそうですね。

でも、市民活動団体とか、NPO活動が長い人の話を聞いてると、

「居酒屋で意見が割れた挙句、翌日から団体が2つになった」
という話は、ちらほら聞くのですよ。

実際のところ、どうなのでしょうね?

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