近江商人の商人道を考える -4-

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さて、今回は近江商人の経営理念のうち、
「陰徳善事」という考え方について、
陥りやすい問題点を掘り下げたいと思います。

その問題点は、以下の2点です。

(1)「徳を積む」という考え方には、「顧客」という観点が抜けやすい
(2)「陰徳」という考え方には、「情報開示」「説明責任」がない

今回は(1)の観点を考えていきましょう。
その前に、ここで勘違いしないでいただきたいのは、

「徳を積む、ってのは、結局自分や自分の子孫のためにやるんでしょ?
それって、結局自己中ですよねぇ?」

ということを、それ自体を問題にしているわけでは
さらさらない、という点です。
個人的には、そんなことはどうだっていい。

問題なのは、「善事」の基準が、
 「善事を受けた側が嬉しいと思う『はずだ』という行為を行うこと、それ自体」であって、

 「善事を受けた側が嬉しいと思ったかどうか」が基準ではないことが、
往々にしてある、という点です。

それでもまだ、陽徳の場合だと、
「いや、そんなことされても、本当にかえって困るんだけど」
というフィードバックを直接受けることができますが、

(この場合、本当に不利益を被ったのか、
押しつけがましさを感じて嫌になっているのかは、
注意深く見分ける必要がありますが)

陰徳の場合だと、フィードバックを受けることもできません。

たとえば、以前話題になったタイガーマスク現象が顕著でしょう。
施設の子どもたちが本当に欲しかったのはランドセルだったのかどうか。
中には、ランドセルは余ってました、という施設もあったそうですし。

こんなことを書くと、
「やっぱり、モノじゃなくてカネを支援しないと」
という方もおられます。

確かに、児童擁護施設であれば、それでもいいでしょう。
施設の運営には、やっぱりカネが必要です。

ただ、災害支援の場合だと、
カネよりも先に食料やマンパワー、あるいは経験だったりするわけで、
(地震国日本で訓練された自衛隊の災害支援は、
その点で他の国からすると非常に有り難い)

十把一絡げに「モノじゃなくてカネ」というのは、いかがなものかと。

要は、善事を受ける側のニーズにどれだけ立てるかという、
 顧客志向、マーケット志向が問われるわけです。

とはいえ、企業だって、
本当に顧客が欲しいモノを提供できるかどうかは、
非常に難しいのであって、

実際は、実践を通した試行錯誤で経験を積んで、
それを共有知として活用するのが、
遠回りのようで、近道なのだろうといえます。

その意味では、あのタイガーマスク現象は、
阪神大震災でのボランティアの教訓と並んで、
一つの共有知として有効だったのではないかな、と思います。

ちなみに、当の近江商人たち自身は、
常日頃から顧客の動向に関心を払っていた人たちですので、

上で言っていることは、近江商人自身には、
おそらくあてはまらなかったのではないかと思っています。

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