近江商人の商人道を考える -1-

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さて、今回からは、

「もともと、優れた企業は、
 自社と顧客の関係だけでなく、社会とのかかわりを重視する(三方良し)」

という考え方について、ふれていきます。

「三方良し」とは、
 「売り手よし、買い手よし、世間よし」という、

商取引にて当事者の売り手と買い手だけでなく、
その取引が社会全体の幸福につながるものでなければならない、
という考え方です。

この言葉は、特定の誰かが編み出した、という類のものではなく、
近江商人の経営理念をごく簡略に示すための、
いわばシンボルとして用いられています。

「三方良し」は、日本でのCSRのかたちを考える上では、
欠かすことのできない材料です。

CSRについては、こちらのバックナンバーをどうぞ。
「CSRの考え方を整理する」
http://www.psonic.org/archive_whatcbsb/no17/

今回は、具体的な近江商人のCSR事例を紹介することにします。
題材は『近江商人学入門 -CSRの源流「三方よし」-(末永國紀著)』から、
引用しています。

この本は、現在の企業経営にも役立つ内容が多いので、
目を通してみることをオススメします。

近江商人のCSR事例

・文化一二年(1815年)の瀬田唐橋の一手架け替え

蒲生郡日野出身の中井正治右衛門によるもの。
今日で30億円に相当する大事業であったそうです。

・明治三三年(1900年)の八幡商業学校の教育基金への寄付

神崎郡川並の二代目塚本定右衛門によるもの。
1万円を寄付したとのことですが、
もちろん、これは当時の値段。
現在に換算すると、1億くらいでしょうか。

・天保の飢饉(1833~37年)の施米施金

中井源左衛門家の仙台店では、
750両の施金と米350俵の施米を実施。

飢饉のたびに、近江商人たちは施米施金(災害義援金のようなもの)を、
行っていたそうです。

・天保の飢饉での普請

愛知郡日枝村の二代目藤野四郎兵衛は、
天保の飢饉の際に、自宅の改修と寺院仏堂の修築工事を、
実施したそうです。

一見すると、

「人が苦しんでいるときに、じぶん家のリフォームやってんじゃねぇよ」

と思いがちです。
当時のお殿様も、そう考えてとがめようとしたところ、
その真意は、雇用の創出とそれに伴う施米施金という、
「民間公共事業による地域復興」にあったことが判明し、
お殿様もいたく感動したとのこと。

飢饉というのは、現在流にいえば経済危機なので、
日本には、ケインズより100年以上前に、
「公共事業による復興」というケインズの考え方を持っていた人が、
いたということになりますね。

次回は、近江商人にとって、利益を上げるとは
どういうことだったのかについて、
「正当な利益」という考え方との関わりで取り上げていきます。

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